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「ん〜・・・」

珍しく眠気に襲われて、夕食後の八戒達の団欒のひとときもそこそこに桃源郷で自室とされている部屋に戻るとベッドに倒れこんだ。
あぁこの眠気って絶対食べ過ぎと、現代での仕事がピークなのがいけないんだ!
本当だったら今日はトランプ雪辱戦やろうねって夕食前に悟浄と話してたのに・・・。
そんな風に考える頭とは裏腹に重い瞼と体は言う事を聞いてくれなくて、緩やかな眠りの波に体を任せようとした瞬間・・・外から誰かの声が聞こえた。

「?」

重たい瞼を開けて周りを見るけど・・・何もない。

「・・・空耳?」

誰もいないのを確認して、もう一度耳をすましてみるけど何も聞こえない。

「空耳、だね。」

うんうんとひとりで頷いてもう一度ベッドに潜り込み、うとうと意識を飛ばし始めた瞬間、再び誰かの声が聞こえた。
しかも今度はさっきよりもはっきりと!

「何!?」

人の安眠妨害するなんて許せない!文句言ってやる!
それぐらい大きな声が聞こえたので、声が聞こえたと思われる窓を勢い良く開ける。

「・・・・・・」

窓を開けた瞬間目に入ったのは、あたしの安眠を妨害した声の主とは絶対違うって言い切れそうなほど繊細で儚げな印象を持ったお兄さん。



何でこんなトコに?どうして八戒達の家の庭先にいるの?



そんな疑問が頭をよぎったけど、それよりも悲しげな表情で空に浮かぶ月をじっと見つめているお兄さんに見惚れてしまった。
まるで美術館に飾られている絵を見ているような・・・そんな気分。
安眠妨害された事もすっかり忘れて穴があきそうなほどお兄さんを眺めていたら、スローモーションのようにお兄さんがこっちを振り向いてにっこり微笑んだ。

「こんばんは。」

「!!」



・・・驚き第二弾って言っても問題ない。
この人っ・・・悟浄に負けず劣らずいい声してる!!



そりゃ好みは人それぞれだし、あたしの趣味としか言えないけど・・・何て言えばいいんだろう?
背筋がゾクッとしそうなほど艶やかで、でも優しくて甘い声!
・・・ダメだ、あたしすっごい動揺してるよ。

「・・・ここは、キミの家?」

普通に喋ってるだけなのに、この人の声聞いてると鳥肌が立っちゃう。
こんなの桃源郷に来て八戒達と話す以外じゃ初めてだよ。

「えっと・・・」

「・・・あぁっごめんなさい!」

相手が苦笑しているのに気づいて、ようやくあたしは窓から身を乗り出すようにしてお兄さんを見ていた自分に気がついた。
興味を持つとついついじっと眺めちゃうのはあたしの悪い癖だよね。うぅ、反省。

「ジロジロみちゃってゴメンなさい!お兄さんが綺麗だからつい・・・」

「俺が?」

「うん。」

桃源郷に来て皆と一緒に過ごすようになって・・・異性に興味を持ったのはこの人が初めてだった。
だって普段一緒にいる人達がかなりランク高いんだもん!
滅多な人に興味を持つなんて事考えられないよ。

「キミみたいに言ってくれる人、初めてだな。」

「そうなの?」

おかしいなぁ・・・こんな綺麗な人なら男女問わず視線が勝手に集まりそうなのに。
桃源郷とあたしの美的感覚って微妙に違うのかな?
真剣に首をかしげているあたしを見てお兄さんがクスクス笑いだした。

「・・・キミ、面白いね。」

「あー良く言われます。」

悟浄達もあたしの言葉に突然意味無く笑い出すんだよね。
何が可笑しいのか聞いても教えてくれなくて、子供みたいに頭撫でられて上手い具合に誤魔化される。
やっぱりあたしと桃源郷の人の感覚って何かずれてるのかもしれない。

「本人普通に喋ってるんですけどね。」

「・・・いい事だよ。」

あ、何かすっごく優しい顔してる。
さっき迄の悲しげな笑顔じゃない、何かを温かく見守るような・・・あぁそうだ、八戒が時折あたしを見せてくれるあの目に似てるんだ。
そう思うと急にお兄さんが身近に感じられてあたしも自然と笑顔になった。

「ねぇお兄さん、名前は?」

「・・・涼。」

「涼さん?」

あ〜なんかイメージピッタリの名前かも。
涼しげで、でも凛とした感じ!

「・・・涼でいいよ。キミの名は?」

「あたし?あたしは。」

・・・綺麗な名前だね。」

「・・・ありがとう。」

普段こんな風に言われると照れちゃうのに、この人の持ってる雰囲気のせいかな?
どことなく八戒に似てて警戒心ってものが無くなる。
内心苦笑しながらふとお兄さんの足元が裸足なのに気がついた。

「お兄さん裸足じゃん!靴どうしたの?」

「・・・気にしないでいいよ。」

「するって!待ってて、今何か持ってくるから!」

折角あんな綺麗なんだから足でも傷つけちゃダメだよ勿体無い!
そう思って部屋から出て行こうとしたあたしの背に、涼の声が聞こえた。

「何?」

扉を開ける前に振り返ったけど、さっき迄窓の向こうで話していたはずの涼の姿は・・・消えていた。

「・・・あれ?」

慌てて窓に駆け寄って周囲を見渡すけど、誰もいない。

「あ、あれれ???」

空を見ると、さっき迄綺麗に輝いていた月が雲に覆われて隠れてしまった。
もう一度月が出て来るまで目を凝らすようにじっと庭を眺めていたけれど、結局涼の姿は現れなかった。





この時、一番疑問に思わなきゃいけない事を・・・相手に見惚れてしまったあたしはすっかり忘れていた。
なぜ、涼の言葉が分かるのか、と言う事を・・・。





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